MIND SPIRIT



『あー!あれいーなー!これもキレー!キャー♪迷っちゃう!』

『…迷うっておばさん、買うつもりなの?』

『女は光物に弱いって、本当だったんだなー。』

とある町のとある市場。

祭りか何かが近いのか、町は活気付いていて至る所に宝石やアクセサリー、骨董品、タペストリーなどの露天が開いていた。

ケアルはそんな通りにあった、一つの露天の前に立っていた。

ケアルの中にいるマーシャの強い要望で、宝石やアクセサリーをあちこちと見回っていたのだ。

目を動かす事に精一杯なケアルを除いた男三人に呆れられながらも。

『この町は異様に宝石を使った品物が多いな、近くで宝石でも取れるのか?』

そう言えば…。と、ケアルがマーシャの意思とは関係なしに、左右に並んでいる露天へと目を向ける。

『近くに宝石の加工が盛んな町があるんだよ、その町で作られたアクセサリーや色んな商品がこうやって売られていくんだ。』

『いやに詳しいじゃない、レアン』

『そりゃそーだよ。だって僕、その町の出身だからね。』

へー、と感心しているマーシャとケイアスの気を感じながら、ケアルは売られている商品を見ながらゆっくりと歩いていた。その時。

『ケアル、ストップ!!戻って!今の所、もうちょい後ろ!』

レアンの緊張したような固い声がケアルの頭の中に響いた。

「え?あ、うん。…このお店?」

後ろに数歩下がったケアルに、レアンは不思議がる仲間の声を無視して言った。

『この店にピンクの宝石が埋まっているペンダントがあったんだ…。』

呟きのような声を聞きながら、ケアルは言われた物を探すため品物に目を走らせた。

すると、店の隅っこに言われた通りの薄い半透明のピンク色をした石のペンダントを見つけた。

ピンクの石が填められたペンダントを手に取って、しげしげとケアルは見てみたが、何も変な所はない。どこにでも有りそうなペンダントだった。

『……やっぱり…。 …あの、クソジジィ……。』

「どうしたのレアン?これがどうかしたの?」

「坊や。このペンダントが気に入ったのかい?」

ケアルがレアンに答えを貰う前に、その店の主人がケアルに話し掛けて来た。

「あ、えっと… はい。まぁ…。」

「買うかい?安くしとくよ、可愛いだろ?どう?」

う〜ん、と戸惑うケアルに皆の声が聞こえる。

『コレ買うんだったら、もっと別のにしよーよー。』

『無駄遣いはするな、ケアル』

『でもさ、たまにはいーんじゃねぇの?何か買ってもよ。』

『僕が買う!お金は後で払うから。』

その中でキッパリとしたレアンの声がした。

 

ガタゴトと揺れる馬車の隅に、ケアルは邪魔にならないように膝を丸めていた。

ペンダントを買った後、ケアル達はここから近い、レアンが生まれ育った町に向かっていた。

山と積まれた柔らかそうな藁を運んでいる馬車に乗せてもらったのは幸運だ。歩きで一日かかる道程がだいぶ短縮出来た。

『このまま行ければ、夕暮れ前には着きそうね。』

(そうだね、町に着いたら色々聞いてみなくちゃ…)

『その前に何か食おうぜ!ケアル』

(う、う〜んと。俺、あんまりお腹減ってないんだけど…(− −;))

『え?そうなのか?』

『お腹減ってるのはあんただけだって、ケイアス!』

『あっ!てめっ、言ったな!』

クスクス笑うマーシャに、怒るケイアス。

リーヴァに至っては相変わらず静かで、ケアルは困った顔をする。

『……』

いつもと違うのは、レアンが何かを考えていてずっと黙っている事だ。

ケイアスの呼びかけにも、マーシャの苛立ちにも完全に無視をしている。

向かう町に昔何かあったのだろうと四人は各々理解し、いつもの様に振舞っていた。

 

 

「有り難うございました。」

「いーや、気をつけて行くんだぞ。元気でな!」

軽く手を振りながら馬車に乗せてくれた男を見送ったケアルは、少し緊張しながら町の中へと入って行った。

時刻は昼過ぎ、どこからか小さな子供達の笑い声が聞こえてくる。

(…何か、皆が体に戻れる方法。見つかるといいね…。)

『大丈夫よケアル!意外と何とかなるものなのよ、こーゆーのって!』

『楽観的過ぎるよおばさん。少しは元に戻る方法でも考えれば?ない頭で。』

『失礼ね!ケイアスじゃあるまいし、ない頭とは何よ!?』

『何でそこで俺が出てくんだよ!マーシャ!』

「そうだ!レン兄を出しやがれよ!!」

唐突に聞こえた女の子の声に、ケアルは驚いて振り返った。

「うるせぇガキだな、アレは裏切り者だから罰を受けてんだよ。」

「レン兄は何も悪い事してない!!裏切ってなんかないさ!」

(何だろう…?女の子と、あれは門番?何で揉めてるんだろう?)

ケアルが振り返った視線の先には、豪勢な屋敷の門番の男とその門番に食って掛かる女の子の姿があった。

ケアルの回りにいる町人は心配そうに女の子を見ているだけで、誰も動こうとはしない。

皆が女の子と門番に注目している。

その異様な空気にケアルは回りをおどおどと見渡す。

すると。

「人殺し!!ミリアを殺して、お前達はレン兄まで殺すつもりなんだろ!!人殺し!悪党!」

女の子が目に涙を溜めながら、あらん限りの声を振り絞るようにして叫んだ。

「なっ…。このガキ!」

門番がその暴言に耐えかねたように、腰に差してあった剣を取り出した。

だが女の子は、怒りに顔を赤くしている門番に思いっきり舌を出すと、その場から走り去った。

女の子が走り去ると、また町は安心したような、だが悲しそうなため息をそれぞれ吐くと、また同じように動き出した。

『ケアル!悪いけど、さっきの子追いかけてくれない?…もしかしたら僕の体の在り処、分かるかもしれない…。』

(あ、うん。分かった…。)

『どう言う事よレアン。体の場所が分かるって。それにさっきの女の子…』

『ま、大体ご察しの通り、あの子の言っていた“レン兄”は、僕の事だよ。』

 

 

レアンに道筋を教えてもらいながら、ケアルは走って行ってしまった女の子を探し出した。

紫の髪の毛に男の子のような姿をした女の子は、建物の裏にある小さなお墓の前でうずくまっていた。

(はあ、はあ…。 いた…。)

『ケアル、悪いけど少しの間変わってても良いかな?』

(あ、うん。もちろん)

黒い闇の色から樹木の茶色へと瞳を変えたケアルは、静かにその女の子へ近づいて行った。

「ねぇ。」

声を掛けると女の子は勢い良くこちらを振り返り、怪訝そうな顔を見せた。

「これ、覚えてる?」

そんな女の子に構わず、ケアルの体を借りたレアンは、前の町で買ったピンクの石のペンダントを取り出し、女の子の前へ出した。

「これ!!どうしてあんたが!?」

「レス。…レアン・ウォルフの体の場所。何処にあるか教えてくれない?」

そのまま、レスと呼んだ女の子の瞳を見つめると、彼女は何かを思い出すようにこちらの目を見つめ返した。

「……レン兄? …まさか。」

驚愕に瞳を丸くした彼女に、レアンは小さく笑うと、ペンダントを目の前にある小さなお墓に引っ掛けた。

丁度その時少し強めの風が吹き、ペンダントが風になびいて、コン コンと、まるで可愛らしい笑い声のような音を立てた。

「何日か前に、レン兄が孤児院の前に倒れていたんだ。」

まるでそれが合図かのように、紫の髪の女の子は口を開き始めた。

「理由なんてわかんないけど、ピクリとも動かなかった。慌てたシスターが医者を呼んだんだけど、医者が来るより先にあいつ等が来て…、レン兄は連れてかれた。あいつ等、レン兄のこと嫌ってたから、この機会を見逃すはずが無かったんだ。その事を知っていたのに…。ミリアだけじゃなく、レン兄も助けられなかった…。」

蹲る彼女に、レアンは軽く頭を二度叩くとその場を離れた。

 

 

『レーアーン。どう言う事か、ちゃんと説明してくれるんでしょうね?』

大通りの片隅、日陰に隠れる様にしてケアルは置いてあったベンチに座っていた。

あの後すぐに体をレアンから返してもらい、ふらふらとここまで歩いて来たのだ。

マーシャの声にレアンはしぶしぶながらも、簡単に自分の今までの話してくれた。

幼い頃、自分と妹を残して両親が死んでしまった事。その後孤児院に長い間お世話になっていた事。先程の女の子は同じ孤児院の子で、妹の親友だった事。

そして、妹ミリアがたった14歳にしてこの町の権力者、カザックに無理やり貰われていった事。その後、妹が死んでしまった事。

『何よソレ…。何でその子が死ななくちゃいけないのよ!』

『…ひでー。』

マーシャとケイアスの声が響き、ケアルの中は重たい空気に沈んだ。

『ミリアは、自分で自殺した。理由は僕も分からないけど、あのジジィがミリアを殺したのと同じだ!』

ケアルはその声を聞きながら、ただ沈んでいく夕日を眺めている事しか出来なかった。

重く痛い沈黙が体の中に吹き荒れているのが分かる。

『…それで、どうするつもりだ?』

その中、今まで黙っていたリーヴァが声を上げた。

(どうする、って?)

『レアンの体が、カザックと言う者の所にあるのだろう?』

『そーよね。大体、あたし達ってどうやったら元の体にもどれんのかしら?』

『え?俺、勝手に戻るもんだと思ってたぜ。』

ケイアスのその言葉に、『ケイアスって、本と馬鹿(だ)よね〜。』と言う、マーシャとレアンの声が重なって帰って来た。

『何だよ!お前等二人して声合わせることねーだろ!!』

マーシャとレアンの言いように、傷付いたとばかりにケイアスが声を上げる。

(あぁ、頭に響く・・・)

急激に痛くなる頭を押さえ、ケアルは座ったまま体を丸めた。

そんなケアルと口喧嘩を始めた三人を他所に、リーヴァは涼しい声でケアルに話しかけて来た。

『取り合えず、レアンの本体は一度見ておくべきだろう。本当は確保しておきたい所だが…』

(うん。俺一人じゃ多分無理だよね・・・。)

自分より大きな人間をやすやすと運び出せるほど、ケアルは力持ちでは無い。

運動神経は同じ歳の子供と比べれば良い方だろうが、力は平均的だ。

力のあるケイアスに変わってもらっても、ケアルの体が出せる力には、やはり限度がある。

そう考えると。

(自分の体が無いって、不便だよね〜。)

こめかみを指で押さえながら、ケアルは暮れる夕日を眺めていた。

 

日も完全に暮れ、町は静かな闇に包まれる時刻。ケアルはこの町で一番大きな屋敷の塀の前に立っていた。

邪魔になりそうな、少し大きめな荷物は、ここに来る前にミリアのお墓に置いて来た。日が昇る前に取りに行けば、見つかる事は無いだろう。

ケアルは辺りをキョロキョロと見回した。辺りに自分以外の人影は見当たらない、時間のせいか場所のせいか、辺りは明り一つ無く、暗闇が広がっているだけだった。

(それじゃあ、行くよ?)

『気をつけてね、ケアル。いい?何かあったら、すぐに逃げるのよ?』

心配そうなマーシャの声を聞きながら、ケアルは闇にまぎれたまま、都合良く枝の張っている木に登り始めた。カザックの屋敷に忍び込むために。

『本当に良いのかよ?人の家に無断で入り込んで。』

『まあ、違法だよね。でも、こうでもしなきゃ入り込めないんだから、良いんじゃない?結局は、人に見つからなければ良いんだし。』

ケイアスの声にレアンがどうでも良さそうに答えている。

『だいたい、人の意思を無視して体を持ってったんだから、これって立派な誘拐じゃない?』

『確かに、そうよね〜。…それにしても、随分趣味の悪い人間ね。私こう言う趣味のヤツって苦手なのよねー…。会っても絶対かかわりたくない人種だわ。』

ケアルの目を通して、純金の変な形の壷を見たマーシャが嫌そうに言い捨てた。

あれから、木を伝って壁を飛び越え、上手い具合に開いていた窓からしのび込んだケアルは、光の灯っていない長い廊下を歩いていた。

廊下の左右には一定の間隔を置いて、これ見よがしに高そうな壷や彫刻や絵画が並んでいる。

マーシャの言った通り、その全てが権力の象徴と力のためだけに飾ってあるようで、趣味の良さは全く感じない。

物の値段を詳しく知らないケアルでさえ、こうして飾りが並んでいる廊下を歩いていると、嫌気が差してくる。

この屋敷の主の性格が、簡単に予想できると言うものだ。

頭の中でも、この趣味の悪さに口が止まらない者が二人ほどいるが、ケアルは気にせずに音を立てないよう慎重に廊下を進んでいた。

 

長い廊下を歩いてしばらくすると、大きなホールにケアルは出てしまった。

天井近くに作られた左右の窓からは月の光が入り込み、ケアルが立っている階段の下に、綺麗な薄い陰を作り出していた。

「玄関に出てきちゃったみたい。」

今立っている場所と丁度反対側にある大きな闇に包まれた扉を見て、ケアルは思わず呟いた。

静かな玄関ホールを二階から眺め、ケアルはどうしようかと思案した。

このまま目の前の階段を降り一階へ移るのと、今来た道を戻るか。

(どうする?)

唯一持ってきた自分の武器となる長い棒を抱え込み、何だか急激に不安に襲われたケアルは自分の中にいる四人に話しかけた。

『このまま一階に下りても良いんじゃねぇ?』

『まっ、来た道を戻るもの面倒臭いものね。』

階段を降りた方が良いと言う声が二つと、同感だと頷く気配が二つ。

ケアルは小さく頷くと、棒を握り直しゆっくりと階段を降り始めた。

『随分と、警備の薄い屋敷だな』

音を吸収してくれる、分厚い赤い絨毯を一歩一歩踏みしめながら聞こえたリーヴァの声に、ケアルはもう一度油断無く辺りを見まわしたが、何の物音も聞こえてこない。

『そりゃ、この町で悪事を働いてるのはここの連中だけだし。警備なんて必要無いと思ってるんじゃない?』

『おかげで簡単に進入出来たしね!』

ざま〜みろ。と言わんばかりのマーシャの声を聞きながら、ケアルは窓を見上げた。

窓の外には綺麗な満月がケアルに月光を注いでおり、冷たくも優しい光をケアルは眺めた。

そのまま視線を前に戻すと、月の光に慣れた瞳は、なおいっそうに目の前の大きな扉を色濃く見せた。

まるで黄泉への入り口を見ているような気分になるのは、その大きさと深く掘られている飾り絵の所為か。

変な想像をしていしまったケアルは、そっとその扉から目を逸らした。

階段を下りきり、扉へ背を向け屋敷の中へ再び入ろうとして、その足を止めた。

暗い扉に向かい合うようにして置いてあるガラスケース。

二階の階段上からは死角になっているこの位置に、ケアルたちが探していたものがあったのだ。

五人が五人とも何も言わなかった。

そのガラスケースの中の有様に、この屋敷の主の性格を正しく測り取ったからだ。

ガラスケースの中に立っていたのは、魂の入っていないレアンの体。

亜麻毛色の長い髪を一つに結わき、丸々狐一匹を使った毛皮を体に巻いているその姿は、何処かの国の王子のようにも見える。

ただし、閉じられている瞳が開けば、意地の悪い性格が全面に出てくるだろう事を四人は知っていた。

『…いたわね。』

静かに口を開き、もらしたマーシャの一言から時が動き出したかのように、ケアルはガラスケースに恐る恐る近づいた。

この町で邪魔な存在だったレアンが原因不明で動かなくなってしまったのを良い事に、自分の屋敷の一番最初に目が行くであろう玄関ホールに飾り立て掛ける。

まるで、自分に逆らう者の結末だとでも言いたげに。

『どんな気分?飾られてるの。』

『最悪だね。場合が場合だから今日は見つけたら諦めるつもりだったけど、…無理やりにでも自分の体に戻ってやる!』

ケアル、変わって。とのレアンの怒った声に促され、ケアルは素早くレアンと入れ変わった。

ふっ、と開くケアルの瞳が樹木の幹の色に変われば、ケアルの体を借りたレアンは器用にガラスケースの扉にピンを差し込み、鍵の掛かっていたその扉を開けた。

自分の体を前にして、さすがにどうして良いのか分からず躊躇っていたレアンが、そっと自分の手に触れたとき・・・

「何者だ!!」

見回っていたらしい、屋敷の見張りにケアルは見つかった。

 

「うっわー、タイミングばっちり。」

『何よレアン。あんた元の体に戻ったんじゃなかったの?』

「触っただけじゃダメみたい。困ったね。」

困った、と言っているわりには楽しそうな声音に、レアンを除いた一同が呆れたように溜め息をついたが、ケアルの体を借りているレアンはそんな事には気にも止めず、自分の体に飾りとしてあった長剣を鞘から抜き放った。

次第に集まってきた屋敷の警備の人間に剣を向けると、子供には似合わない少々残酷な笑みを浮かべた。

「このガキ!どこから入り込んだ!何をしている!!」

剣を構えたレアンに対峙するように向こうも剣をレアンへと向けると、そう怒鳴った。

「見れば分かる事じゃない?自分の体を取り返しに来ただけだよ。何が悪い?」

屋敷の人間を馬鹿にしたように鼻で笑い、平然とレアンはそう言ってのけた。

「自分の体じゃと?お前、まさかレアンか!?」

その声はケアルの頭上から聞こえた。

聞き覚えのある声に、レアンはケアルの借りた顔で顔を顰めるとゆっくりと振り返りその声の主を見た。

先程ケアルたちが降りてきた階段の上に、寝ていたのか、寝巻きのまま息を切らし驚いた顔をした小太りな男がいた。

「カザック様・・・」

レアンの回りを取り囲むように立っている屋敷の見張りたちが、困ったような声を上げた。

「お、お前等!レアンの体を取り返せ!元に戻すな!!殺さない程度なら何をしても構わん!」

子供のケアルに対してか、それともレアンの体に対してか。あやふやな命令を投げかけ、カザックは何処かへと走り去った。

この場には一秒たりとも居たくは無いと言った感じだ。

嫌悪に顔を歪ませ、レアンは辺りに視線を投げた。

自分を取り囲んでいるのは、それぞれの武器を持った男が6人。

屋敷の大きさにしては数が少ないが、残りの人間はカザックが側に置き、自分の身でも守らせているのだろう。

もし、レアンが体を取り戻して自分を殺そうと向かってきても、大丈夫なように。

「さて、どうしよう。」

呟いたレアンに、今まで固まっていたマーシャとケイアスが怒鳴り始めた。

『ちょっとあんたねぇ!!今更、どうしようなんて、何言ってんのよ!ピンチなのよ?ピンチ!分かってんの?』

『そうだ!マーシャの言う通りだ、ケアル一人でレアンの体守り切れるはずねぇよ!』

「五月蝿いな〜。少し黙っててよ、おばさんとおじさんは。歳なんだから、あんまり怒ってると血管切れるよ。」

あまりにもと言えばあまりにもな言い方に、マーシャとケイアスが怒りに声を無くしている間にリーヴァがレアンに話し掛けた。

『私が出ようか?』

「いや、平気。こんな雑魚ぐらい僕一人で十分だよ。」

『そんなこと言ってて、ケアルの体に傷つけたら承知しないわよ!』

「分かってるよ。」

はたから見ていれば、小さな男の子が自身のことを「レアン」だと名乗り、何やら見えない相手と会話をしているケアルに、屋敷の人間は怖がっているのか近づこうともせず、むしろ体を引いている様子だ。

昇って来た月が窓から明るい光を注ぎ、先程までは影になっていたケアルと死んだように動かないレアンの体に光を当てる。

「取り合えず。戻り方が分からないんじゃ仕方が無いし、孤児院のとこに僕の体運べれば良いんだけど。ケアルの体じゃねー…。引きずって行こうか?」

相変わらず、辺りに視線を巡らせ油断無く構えるレアンに、屋敷の人間は遠くから見るだけに留めている。

相手が子供だからか、それとも頭がおかしい人間に関りたくないのか。

多分後者だろうな…。などと思い沈み込むケアルを他所に、レアンはもう一度、担げるかどうか試すために、視線は前を向いたまま手だけを自分の体に伸ばした。

 

「あ、あれ?」

ケアルは突然戻った自分の体に驚いた。

今の今までレアンが自分の体を使っていたのに、ケアルに体を戻すなどレアンは一言も言わずに表から消えた。

「レ、レアン?」

居る筈も無いのに黒い瞳に途惑いを浮かべ、辺りを見まわすケアル。

おかしい、自分の中に3つの鼓動しか聞こえない。

レアンの気配が自分の中に全く感じない。

「レアン!?」

「・・・何?」

ケアルが恐怖に駆られ、レアンの名を呼んだ時だった。

ケアルの真後ろから、返事が聞こえたのだ。

ケアルではない、別の人間からの声だ。

驚き、急いで後ろを振り向くと、丸々狐一匹を使った毛皮を体に巻いた、今までピクリとも動かなかったレアンの腕が、ゆっくりと上がっている。

亜麻毛色の髪に隠れていた、顔がゆっくりと持ちあがり、閉じていた瞳に生きた樹木の光が宿る。

「あ〜・・・。動かして無かった所為か、体がギシギシするよ。」

「・・・レアン?」

自分の足で立ちあがり、グルグルと肩を回し楽しそうに辺りを眺めている姿は、今まで本当のレアンを見たことのない4人に、彼が本物である確信を持たせた。

「レアンだ・・・。」

「レアンが動き出したぞ!」

ケアル達が、動き出した彼を「レアン」だと認めるのと同じく、屋敷の警備の男達も、彼をレアン・ウォルフだと認め、騒ぎ出した。

ケアルから剣を返してもらい、一歩一歩前に進むレアンに対し、警備の男達は一歩一歩後ろに後退していく。

「一度は、あんた等のような使いっ走りにやられたけど・・・。」

自分に対して言っているのか、それともただ単に目の前の屋敷の男達に脅しをかけているのか、いまいち分からない声音で呟くと、レアンは立ち止まり剣を構えた。

「唯一の肉親を失った悲しみ、あんた達が償ってくれるわけ?」

「う、うわわぁぁあ!」

警備の男達は、まるで恐ろしいものでも見たかのように情けない声を上げ、次々とその場から逃げていく。

妹を亡くした、レアンに対するちょっとした良心がそうさせたのか、それともその瞳の中に恐怖を見たのか。

レアンの後ろ姿しか見えないケアルには、彼がどんな表情をしているのか分からない。

「レアン?」

またも人影がなくなった玄関ホールに、ケアルの小さな声が響く。

「本当は、ミリアが死んだ理由、知ってるんだよね。」

「え?」

ケアルに背を向けたまま、レアンは静かな声でケアルに語りかけて来た。まるで、今までに溜まったものを吐き出すかのように、空に浮かぶ月を眺めながら、言葉を紡ぎ出している。

「ミリアが死んですぐに、ここに潜り込んだ事があってさ。その時にミリアの部屋に入りこんで、日記を、見つけたんだ・・・。最後の、ページには、子供が、出来たって、大っ嫌いな男との子供が出来たって!!ミリアが絶望したから!僕に知られたくないから!あいつは、自分から子供と一緒に死んだんだっ!!許せない、たった16の子供にっ!」

「レアンっ!」

誰にも言えないでいた言葉を吐き出したレアンは、そのままカザックの消えた廊下へと走って行った。ケアルが慌てて静止の声をかけたが、聞くわけもなく、ケアルも慌ててレアンの後を追った。

追いながら、ケアルはレアンの言葉を考えた。16の女の子が嫌いな男の子供を宿す事の意味を。記憶のないケアルには、兄弟がいるのかさえ今は分からない。女の子でもないので、「子供を宿す」意味さえ分からない。

けれど、さっきのレアンの様子を見れば、16の女の子が嫌いな男との子供を作ってしまったと言うことは、未来に光が見えない程の絶望と悲しさしか見えないと言うことが分かる。

本当は、ケアルには理解できない感情が、もっと渦巻いているのかも知れない。

ケアルは、姿の見えなくなったレアンの後を追い走った。ケアルの中の3人と共に、複雑な心を抱えて。

 

 

「ひ、ひいっ!き、貴様、レアン!こんな事をしてただですむと、お、思っているのか!」

「そのセリフは、もっと僕より強い人間を揃えてから言いなよ。負け犬の遠吠えは五月蝿いだけだよ、さっさと死んだほうが良いんじゃない?」

「ひっ!だ、誰か!誰か助けてくれ!!」

くるぶしまで埋まる柔らかい絨毯、天蓋付きの豪華な飾りのついたベット、誰もが一度は見たことがあるであろう大きな絵画、そこに倒れている、幾人かの警備の男達。

レアンはそれらに見向きもせず、カザックに剣先を向けていた。

「レアン!」

『待ちなさいよ、レアン!気持ちは分かるけど人殺しは絶対にダメだよ!!』

『そうだ!マーシャの言う通りだ、やめろっ!レアン!』

聞こえるはずもないのに、マーシャとケイアスはケアルの中で必死に声を張り上げている。

ケアルはそのまま、彼等の声でレアンに静止の声を掛けたかった。自分の中で必死になっている彼等の声を、レアンに聞かせたかった。

「ケアル、子供が見て良いものじゃないから、向こう行ってて。」

「レアン、マーシャとケイアスが止めてる!」

「僕には聞こえないから。」

振り向きもせずそう言い捨てるとレアンは大きく剣を振りかぶった。

「『レアン!!』」

ケアルとマーシャとケイアスの声が、重なった時だった。

「こらこらこら。殺人未遂の現行犯で逮捕するぞ。」

この場に会わない、何処かのんびりとした声が部屋に響いた。

その声に驚いたケアルが後ろを振り向くと、部屋の戸口に一人の男が立っていた。

「あああ!た、助けてくれ!殺される!!」

「こいつには怨み辛みもあるだろう。でも殺しちゃいけねぇぞ?」

黒い髪の男は、そう言いながら部屋の中に入り、呆然としているケアルの頭を撫で、レアンの隣に立った。

「おじさんには関係無いでしょ、邪魔するなら切るよ。」

ピリピリとした、今までに聞いたことの無いレアンの声にケアルは驚いた。

冷たく、どこまでも本気の声だったからだ。

しかし、突然現われた男はレアンの様子に驚くどころか、少しだけ優しそうな目をして、

「あらあら。おじさんか〜、まあ、40過ぎればおじさんかねぇ?本人は若いつもりなんだがね。」

と、おどけて見せた。

「何の用?鬱陶しいから、向こう行っててくれない!?」

「まあ、そうイライラするな。お前がこいつを殺したい事はわかっから。けどな、」

一旦言葉を区切った男はニヤリと笑いながら、カザックの顔を覗き込み言った。

「生き地獄ってのも存在するんだよな、カザックさん?悪事は長いこと続かねぇんだよ。諦めてお縄につかないと、殺されちまうぞ?」

「き、貴様!役人かっ!!?」

「当たり。カザックさん。色々と町人から話しを聞いたが、とんでも無い悪人のようだな。手当たり次第に若い娘は持ってくは、逆らった奴がいたら、連帯責任とか言って町に重い税を掛けてたとか?妹を持って行かれた男の子が逆らったときは、暴力を振るった上にその子のいた孤児院に到底払えきれない税を叩きつけたとか?そんな横暴が続けわけがないんだよな、カザックさん。」

「役人・・・?」

「そうだよ、子供達。俺らが来ればもう大丈夫だから、さっさとこの場を離れた方がいいぞ。俺一人ならともかく、他の奴が来たらお前達も捕まえるとか言われちまうぞ。」

レアンとケアルを見ながら何処か楽しそうに告げる男は、役職についているような人間には見えなったが、暖かい人間味が感じられ、ケアルは素直に頷いた。

この場にいたら不法侵入で、レアンに至っては殺人未遂で連行される可能性だってあるのだ。

「レアン、逃げよう。」

『えー…このおじさんが、役人?うっそ、信じらんないわ。』

と言うマーシャの声は無視して、ケアルがレアンに呼びかけると、レアンは剣を静かに下ろすと、行き成りカザックに向けて突き出した。

「!!?」

「本当に、生き地獄をこの男に見せてくれるの?」

自分のすれすれの場所を付きぬけた剣に驚き、失神したカザックをぼんやりと見つめたレアンは、そう男に尋ねた。

「勿論だ。この男のやってきたことを考えりゃ、もしかして、本当の地獄を見るかも知れねぇな。」

「・・・そう。」

静かに剣を鞘に戻すと、レアンはそこでやっと、ケアルを振り返った。

「行こうか、ケアル。」

「あ、うん。」

カザックの部屋にある窓を開け放ち、手近な木に二人が飛び移った時、

「ロイド様。カザックは捕まえましたか?」

「おお、カイか。みろ、小心者の哀れな姿だ。大笑いして良いぞ。」

「え?笑うのは、ちょっと・・・。」

さっきまで自分たちがいた窓から、少年の声と先程の男の声が聞こえてきた。

ケアルがその窓を見上げいると、窓に先程の男が現われ、ケアルを見て楽しげな笑みを浮かべると開いていた窓を閉ざした。

「ケアル。早くしないと見つかるよ。」

「うん、分かった。」

ケアルとレアンは、カザックの屋敷を抜け出すと荷物を置いた、ミリアのお墓へと向かった。

夜空には天高く月が輝き、ケアルとレアンの影を作り出していた。

 

 

「ねぇ、レアン。良かったの?孤児院に残らないで。」

「大丈夫だよ。孤児院にはレスもいるしね、それにケアルには色々と恩があるわけだし。」

レンガで造られた街道を、荷物を抱えたケアルとレアンは歩いていた。

少し遠くには花畑が広がり、強い風に乗り花弁が舞っているのが見える。

『ねぇ、見て見て!綺麗〜♪』

ヒラヒラと舞う花弁に日の光が当たり、花畑がキラキラと輝いている。

もし、妖精が存在するなら、それはきっとああいう場所に住んでいるんだろうなと、思わせる綺麗で華やかな場面だった。

(うん。綺麗だね。)

思わずケアルが頷けば、隣にいたレアンがそれに気づいた。

「?」

「マーシャがね、綺麗だって、あの花畑。」

ケアルが遠くの花畑を指差せば、レアンはその方向を見ながら、

「ふーん。おばさんにも人並みの神経は合ったんだ。」

『ちょっと!どういう意味よ、レアン!!』

『お、おいおいマーシャ。レアンはケアルの外だから、オレらの声は聞こえねぇぞ?』

『だったら、気が済むまでレアンの悪口言ってやるわっ!!バカアホ間抜け!目つき激悪男〜!!それから―――――』

ぎゃんぎゃんと、目の前のレアンに向かいマーシャが悪口を立て並べるのを聞きながら、ケアルは苦笑いをもらしつつ、こめかみを抑えるのだった。



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